皆さまこんにちは
コユキまいです。

そろそろ自分史に戻りますね。

とりあえず
産婦人科の医師になった
という所まで行きました。

私が仕事をし始めて
一番変わったのは
自分の手でお金をいただく
という経験をしたこと。

これにより、
テイカー一色だった
学生時代と
価値観はガラッと変わりました。

あ、たぶん
ギバー、テイカー、マッチャ―
のお話を
知らない方もいると思うので
しておくと

世の中には
人に与える存在のギバーと
ヒトから奪うばかりのテイカー
貰った分だけ与える
バランスを気にするマッチャ―
の3種類の人がいて
ざっくりいうと
ギバー、テイカーが
それぞれ20%ぐらい
マッチャ―が残りの60%ぐらい
と言われています。

子供時代は
与えられて育つので
基本テイカーです。

ただ、だんたんと
ギバーの精神を学ぶことで
変化していきます。

もちろん
元々の性格もありますが
この性質は
その後の経験によって
変化することはあります。

私も、学生時代の半ばまでは
テイカー人生でしたが
後半から徐々に
マッチャ―を経て
仕事をしだすことで
ギバーの心を身に着けました。

で、自分自身のことでいうと
その時付き合っていた
パートナーとの関係においても
その変遷があって

私が仕事をしだすことで
ギバーとテイカーの関係に
なっていきました。

そのパートナーは
優しい人で
私から与えられるだけの状態が
苦しくなって
最終的に
別れることになりました。

今思えば、
その人は私の愛を
素直に受け取れなかった。

ありがとう、と
受け取ってよかったんだけど
罪悪感が出てしまった。

私が受け取るんじゃなくて
もっとふさわしい人が
いるんじゃないか?
こんな私には
受け取る資格などない。

そう思ったのかも
しれません。

今なら、
いくらでも
受け取っていいんだよ、と
言えるのですが

その時は
私も若かったので
マッチャ―的に
何かしらこちらにも
メリットがあるとか
条件とか

いろいろ目の前の
表面上のものにも
囚われていたのかも
しれません。

まぁ、とにかく
二人とも若かった
ということです(笑)

与える側だけでなく
受け取る側にも
器があるということですね。

双方のバランスというのは
結構大事なのかも
しれません。

私にとって
ギバーになれた理由として
経済的な自由を
手に入れたことは
やっぱり大きかったと
今は思います。

時間はあまりなかったけど
お金の心配を
しなくてよくなったとき
心にも余裕が生まれました。

この辺りは
私は恵まれていたな、と
本当に思います。

そして、
仕事自体も
人見知りはあったものの
人と関わって
感謝される仕事で
テイカー的な要素が
無かったことも
良かったのかもしれません。

というわけで
ギバーにはなったけど
失うものもあった、という
ちょっと切ないお話でした。

今日も最後まで読んでいただき
ありがとうございます。

コユキまい

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